お初天神の節分祭りと例大祭、歴史と由来、時期と日程、見どころ

お初天神の節分祭りと例大祭とは

祭りの概要

お初天神の名前は神社というより、商店街の存在で有名だと思います。

神社の正式名称は露天神社(つゆのてんじんしゃ)です。

神社では毎年2月3日に追儺式として豆まきが神社参集殿において行われます。

そこでは提灯が赤々と灯り、多数の参詣者が訪れます。参拝者には御神酒やぜんざい、うどんが振舞われます。

そして、地車囃子が奉奏され、豆まきがあります。これには、一般の方でも年男・年女の人だけ有料で参加できるそうです。

また、豆まきの後に行われる「お火焚き神事」と呼ばれる護摩焚きは一般の人も参加できるそうです。

また、7月には例大祭として、夏祭りが行われます。2日間、梅田の町中が盛り上がる、とても人気の祭りです。

お初天神の歴史

名前の由来

お初天神の名前の由来

江戸時代の元禄16年に神社の境内である事件が起こりました。それは心中事件です。4月7日に、天神の森で、堂島新地天満屋の遊女お初と内本町平野屋の手代徳兵衛の情死事件です。

その事件を題材にした、近松門左衛門の人形浄瑠璃、「曽根崎心中」が大ヒットしたのです。

そして、その曽根崎心中のヒロインの名前お初から、神社は「お初天神」と呼ばれるようになったということです。

昭和47年7月に、曽根崎中1丁目の有志が、二人を慰霊するための石碑を建てました。石碑の銘は「曽根崎心中 お初 徳兵衛 ゆかりの地」です。

また、二人の300回忌の後に、氏子の方がお初さんのためにと、100万円寄付されて、それを元に平成16年4月にブロンズ像が製作されたということです。

露天神社の由来

梅田の「お初天神通り商店街」を南へ歩いていくと露天神社に突き当たります。

創建は1300年以上昔で、祭神は少彦名命と菅原道真です。

菅原道真が太宰府へ左遷配流されたとき、途中に立ち寄って詠んだ歌があります。

・露と散る 涙に袖は 朽ちにけり 都のことを 思い出ずれば

この歌にちなんで露天神社と称することになったと伝えられているということです。

祭りの開催時期

祭りの日程と流れ

節分祭り

節分の行事の由来は、季節の変わり目に邪気として鬼が生じると考えられていたことからです。

それを追い払うための行事が節分に行われたのです。露天神社では毎年2月3日の節分に追儺式としてまめまきが神社参集殿で行われています。

夜に提灯が灯る境内に、たくさんの参詣者が訪れます。当日、境内ではだんじりばやしの生演奏が披露されます。さらに龍踊りも催されていて、節分祭の雰囲気が盛り上がります。

また、毎年、境内ではうどんやぜんざい・御神酒も振る舞われています。

そういった行事で、毎年大変な人気だということです。神社の境内から商店街まで列ができるそうです。

当日、鬼が街中を豆を配りながら練り歩きます。節分祭の主役、豆まきも行われます。

お火焚き神事では山伏がほら貝を吹きながら登場します。矢を放って、太鼓が打たれると、護摩壇に火がつけられるのです。

このように、お初天神の節分祭りはとても賑やかです。

節分祭りのスケジュール

16:30〜

ぜんざいやうどん、御神酒が振る舞われます

18:00〜

福豆まきが始まります

18:30〜19:00

お火焚き神事が行われます

例大祭

例大祭は夏祭りで毎年7月第3日曜に近い2日間行われます。

キタのど真ん中で獅子、傘踊りや役太鼓が舞う、大盛り上がりの祭りです。

祭りの見どころ

見逃せないクライマックス

節分祭

お初天神では、毎年2月3日に追儺式としてまめまきが神社参集殿で行われます。提灯が赤々と灯る境内は多数の参詣者で賑わいます。

参拝者には御神酒、ぜんざい、うどんの振舞があり、地車囃子奉奏後、地元有力者による福豆撒与があります。

例大祭

宵宮

宵宮は午後7時頃から始まります。地車囃子が拝殿横の特設舞台で始まるのです。

そして、しばらくすると舞獅子と傘踊りが入ります。役太鼓の宵宮打ちというものが披露されます。

本宮

本宮は午前10時30分から始まります。まず、神事が行われ、12時から役太鼓と舞獅子、地車囃子が御祓いを受けて、宮出しします。

最初に役太鼓が出ます。赤い烏帽子姿の6人の打ち子が乗っています。

阪神百貨店前からハービス大阪、大阪駅前、お初天神通りあたりを8時間かけて巡行するのです。

少し遅れて舞獅子、お囃子、傘踊りの一団も出発します。こちらは地下街も巡行するということです。子供や女の子が中心になっているのでとても華やかです。

そして、10時過ぎになると、舞獅子と傘踊りが宮入します。

お囃子隊の笛と地車囃子の鉦と太鼓が、囃し唄と一つに溶け合ってお祭りは最高潮に達します。