箱根駅伝の繰り上げスタートのルール、たすきやタイムはどうなるのか

正月の風物詩、箱根駅伝

箱根駅伝の歴史

お正月、家族で団らんをしていると、テレビには箱根駅伝が映っているのではないでしょうか。毎年、1月2日と3日に行われる箱根駅伝は、今や、日本の正月の風物詩とも言えるでしょう。

箱根駅伝は、正式には「東京箱根間往復大学駅伝競走」と言う名称になっています。しかし、名称が長く呼びにくいため、今では、「箱根駅伝」として広く認知されています。

第1回大会は、1920年2月14日に開催されました。この大会は、アメリカ大陸を継走で横断するための代表選考会と言う位置づけでした。

その後、戦争で中止になることもありましたが、1956年の第32回大会から、現在の1月2日、3日の大会となりました。テレビ中継の開始は1987年からで、これをきっかけに、全国区に名前が広まりました。

箱根駅伝の出場校について

箱根駅伝の出場校

箱根駅伝には、毎年、前年にシード権を獲得した10校と予選会を通過した10校、それに関東学連選抜1校を加えた21校で開催されます。

5年ごとに記念大会には、上記21校に加えて、関東インカレ成績枠が加えられ、さらに予選会の出場校もプラス1校され、全23校で開催されるようになっています。

箱根駅伝は、関東での開催のため、関東にある大学以外は参加できません。そのため、多くの中長距離選手が関東の大学に集中するといった事態になっています。

それを防止するために、箱根駅伝の出場資格を関東以外の大学にも広げるようにといった声もあるようです。

箱根駅伝の歴代優勝校

箱根駅伝の優勝校と出場回数

ここ数年、箱根駅伝では青山学院大学の活躍が目立っています。しかし、箱根駅伝の長い歴史の中では、青山学院大学は、まだ新しい学校であると言えます。

最多優勝回数は、中央大学の14回。それに早稲田大学の13回、日本大学の12回、順天堂大学の11回、日本体育大学の10回が続きます。

しかし、最多優勝回数を誇る中央大学は、ここ数年、シード落ちが続き、予選会からの出場と言う苦しい状態が続いています。順天堂大学も、今年は予選会を経験することになりました。

最多出場回数は、中央大学の91回。日本大学、早稲田大学の87回を引き離して、頭一つ抜け出しています。法政大学が78回、東洋大学が76回、日本体育大学が70回の出場回数を誇ります。

最近、活躍している青山学院大学が、出場回数23回、優勝回数4回と言うことからも、箱根駅伝の歴史の古さがわかるのではないでしょうか。

あまり知られていない、箱根駅伝のルール

箱根駅伝の予選会と繰り上げスタートについて

箱根駅伝は、毎年、上位10校にシード権が与えられます。このシード権は、来年の箱根駅伝に出場できる権利です。

シード権を逃した学校は、予選会からの出場を目指すことになります。予選会は、毎年10月に立川の昭和記念公園周辺のハーフマラソンのコースで行われます。

各校、10名以上12名以下の選手がコースを走り、上位10名の合計タイムで争われます。

箱根駅伝の中継で、一番、わかりにくいのが繰り上げスタートのルールではないでしょうか。繰り上げスタートは、交通規制の時間に関係して行われます。そのため、箱根駅伝では、往路と復路でルールが異なります。

往路では、第2区の中継所で10分以上の差がついた場合、または第4区の中継所で20分以上の差がついた場合に繰り上げスタートになります。第3区では、繰り上げスタートがありません。

往路最終の第5区で10分以上の差が付いた場合は、翌日の復路のスタート時に、トップから10分遅れでスタートすることになります。

復路での繰り上げスタートは、各中継所とも共通で20分以上の差が付いた場合になります。

繰り上げスタートになった学校は、自校のたすきではなく、白いたすきでスタートすることになり、記録も参考記録になってしまいます。たすきが途切れたと表現されるのは、このためなのです。

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